足腰を街道歩きで鍛えて健康維持 第4回:日光街道 

日光東照宮陽明門

 皆さまのご健康とご長寿を願って、「足腰を街道歩きで鍛えて健康維持」の第4回、日光街道です。

 日光街道は、日本橋から日光・鉢石の日光橋まで計140kmのおおむね平坦な街道です。
交通の便がよく、比較的近距離なので、継ぎ打ちの日帰りで歩ける方が多いと思います。
個々の見どころについての解説は書籍や個人の歩行記サイトの記載が圧倒的に詳しいので、そちらをご覧ください。
歩行地図の正確さや見どころ解説の詳しさの点で、書籍「ちゃんと歩ける日光街道・奥州街道」(八木牧夫 著)が一番良いと思います。

 日本橋から、東海道や甲州街道とは反対側の神田方向へ歩き始めます。
すぐ先の日本橋室町で右折してしばらく行くと、やがて浅草へ。

駒形橋西詰交差点を折れると、浅草寺が正面にドーンと見えてきます。
浅草寺へはいつも地下鉄浅草駅から行くので、雷門は右横に見えるのが当たり前でした。
大きな赤提灯を真正面に見ながら近づいていくルートは私にとって新鮮で、圧倒的なインパクトでした。
昔は駅など無かったのですから、
街道から見えるこの角度が本来のアプローチだったのだと気づきます
旅の安全を祈願してお参りします。

 浅草駅をかすめて歩き、南千住へ。
そこから北千住まで、商店街のにぎわいを楽しみながら歩き、竹ノ塚を通ると早くも草加(埼玉県)です。
街道沿いにある草加せんべいの店で買ったせんべいが湿気っていたのに憤慨しつつ、越ケ谷、粕壁(春日部)と歩いて杉戸まで行くと、国道4号に合流しました。
そこから先は、宇都宮までの間でかなり多くの部分が太い幹線道路の4号線を通ることになります。
広くて車が多い、風情のない道を長々と歩くのは正直なところ苦痛です。
神社やお寺、石碑、古い店など昔の面影をさがしつつ、我慢しながら歩きます。
宇都宮市内に入り、奥州街道との追分を過ぎて郊外へ向かうと、ようやく旧道らしい風情になってきます。

 今市で突然、道の両側に杉の大木が並び始めます。
そこに石碑があって、この杉並木は川越藩主・松平正綱が寛永2年(1625)から約20年もかけて植樹し、東照宮に寄進したものとか。
俄然、気分が盛り上がります。昔の日光詣での人たちも「いよいよ近づいてきた」と、はっきり感じたことでしょう。
しばらくは車が通る舗装路の両側にあった杉並木ですが、日光へ近づいていくと車道から分岐して、歩行者だけが通れる道になります。

日光街道杉並木

 その先、しばらくの区間は舗装もない昔ながらの土の道で、行き交う人もほとんどおらず昔のままの風景を堪能できる、最高の区間です。
杉並木が終わると日光駅。土産物店などが立ち並ぶ目抜き通りを通って、街道の終点、日光橋に到着です。
ここで帰る人はいないと思いますが、もちろんその先の東照宮へ。
三猿、陽明門、眠り猫など有名なスポットをひと通り見ながら一番奥にある家康のお墓、奥宮宝塔までたどり着き、日光街道歩きを終了しました。

家康墓奥宮宝塔

 上で紹介した書籍には「日光道中には厳しい山道や峠道が無く、おおむねフラットであり緩やかな勾配があるくらいで、五街道ウォークデビューにはベストなコース選択といえる」と書いてあります。
確かに平坦な道だし、距離も比較的短いので、歩きやすい街道です。
浅草寺や千住で江戸の面影を感じられるところは良いのですが、長い国道4号に辟易する部分もあります。
その後、杉並木のお出迎えで気分が上がり、最後はこの街道の目的地である日光東照宮へ参拝して完了、という街道です。

 昔から「日光を見ずして結構と言うなかれ」と言われ、多くの人が物見遊山で歩いたのと同じく、徒歩で日光詣でをした一員になるというのはちょっと特別な気分ですよ。

 自分史ビデオに街道歩きの様子を入れるのもいいと思いませんか。ご希望の際は、可能な限り同行撮影させていただきます。


 第5回は奥州街道の予定です。
   

 

当舎は自分史ビデオと自分史ムービー・自分史動画、終活ビデオと終活ムービー・終活動画を同じ意味で考えております。