言葉のスパイス(21)「我思う、ゆえに我あり」は自分史動画における最も重要な観点

今回の言葉のスパイスは「我思う、ゆえに我あり(Cogito, ergo sum)」(デカルト)です。
ルネ・デカルト(1596-1650)はフランスの哲学者、数学者です。
この言葉は哲学史上で最も有名な命題の一つだそうですが、多くの人に知られている理由は哲学上の難しい説明を分かっているからではなく、もっと簡単に「思うことや考えることが、大事な自分らしさである」というような意味で理解しやすい言葉だからでしょう。
ここでも難しいことは抜きにして扱いたいと思います(笑)。
さて、「自分史動画に何を入れるか」について、皆さまはどのようなイメージをお持ちでしょうか。
「自分史」である以上、「自分の人生の歩みを若い頃から順に振り返る」ということはどなたでも思いつくでしょう。
人生の歩みを振り返って動画に入れることは当然必要になりますよね。
そう考えた時に、人によっては「自分の人生は大したことはなく、自分史動画を作るほどのものではない」とか、「人生で大きな出来事だが動画に入れたくないことがあり、そのため自分史動画を作れない」とお考えになることがあるようです。
この2つについて、今回の言葉とともに考えてみたいと思います。
まず「自分の人生は大したことはなく、自分史動画を作るほどのものではない」についてです。
よほどドラマチックで数奇な人生でもなければ、作ったとしてもTVや映画に使えるほどの優れたドキュメンタリー・ムービーにはならないでしょう。
では、そういう場合は自分史動画を作る意義や価値はないのでしょうか。決してそんなことはありません。
自分史動画はTVや映画と異なり、作る目的は「TVの視聴率を稼いだり映画館の観客を増やすこと」ではないですよね。
あなたを知らない人のためではなく、ご家族や知人など身近な方々や自分自身のために作るものです。
そういう方々にとって重要なのはご経歴がドラマチックかどうかということよりも、人生の中でどのように生きてきたかやあなたらしさ、つまり「心」の部分です。
写真が保管してあっても、また亡くなった後で遺影が作られても、それらではあなたの「思い」や「心」は伝わらないことになります。
「我思う、ゆえに我あり」という言葉のとおり、「どんなことを思って生きてきたか」ということこそが、あなたが生きた証しです。
ですので、当舎では人生でのさまざまな「思い」をあなたの言葉や表情、しぐさなどを通してていねいに映像記録することをまず第一に考えており、ご経歴や人生の中での出来事はそれらの「思い」に至った状況の説明であるととらえています。
あなたのご経歴が素晴らしくても平凡だとしても、犯罪や反社などに関わりのない健全な一般市民であるなら、「思い」や「心」にそもそも優劣はありません。
その点でどなたにも、ご自身の「思い」「心」を映像に残して自分史動画にまとめる意義や価値はあります。
もうひとつの「人生で大きな出来事だが動画に入れたくないことがあり、そのため自分史動画を作れない」についてです。
そのようなことも確かにあると思います。
しかしこれは「どこまでの内容を入れるか、どこから先の詳細部分は入れないか」の見極めと表現方法の工夫により、微妙なところでバランスをとることはできないでしょうか。
嘘はいけませんが、何についてどこまで話すかは人それぞれです。
生涯誰にも言わず墓場まで持って行くようなご経験をお持ちのこともあるでしょう。
それと同時に、ご自身の人生を語るうえで外すことができないほど大きなご経験は、もし言いにくい話であるならどこまで表現するかを工夫したうえで、やはり入れたほうが良いのかも知れません。
うまく入れることによって、作れないと考えていた自分史動画が作れるのなら、ぜひそうされてはどうでしょうか。
人生における大事な「思い」はなんとか工夫して自分史動画に入れるということも、あなたらしさを表現するうえで必要な場合があります。
これもまさに「我思う、ゆえに我あり」です。
この匙加減は微妙でしょうから、いろいろな表現で話してみて、その中からご自身が腑に落ちて納得できる内容を見つけていくことが必要になるかも知れません。
これについては当舎に一度ご相談してみていただいてはいかがでしょう。
当舎の動画撮影や編集は、お客様のお気持ちを顧みず勝手に進めることはありません。
TV取材では番組の意図に沿って編集され、しばしば不本意な味付けのまま勝手に放送されてしまいますが、それとは全く異なります。
プライバシーポリシーに沿ってお客様の情報を保護しつつ、ご相談を重ねて撮影や編集を行い、試写で編集内容をご確認いただきながら、一番良い表現を一緒に見つけていければと思います。
どのように表現すればご自身で納得されるものができるか、撮影時にいろいろなパターンでお話しいただき、場合によっては当舎も視聴者の目線で言葉選びをお手伝いするなどして、最良の表現内容を見つけていくという方法が良いかと思います。
多少時間を要しても、当舎にとっては通常業務の範囲内ですので、気にされなくて結構です。
「我思う、ゆえに我あり」。人生の中での「思い」「心」を映像で残し、また大切な方々へ伝えるために、自分史動画を作ってはいかがでしょうか。
どんなものができそうか、ぜひ一度ご相談いただいてイメージをつかんでみていただければと思います。
当舎も誠心誠意お応えしてまいります。